ディスコグラフィー

テューバ・ラボ 〜柔軟な思考で上達する虎の巻〜

∞books(ムゲンブックス) - デザインエッグ社

4th Album

TUBA POLYPHONICS II - Sweelinck - Hidehiro Fujita's Tuba World Vol.4

配信開始日:2015年12月1日
レーベル:藤田録音
サンプル音源
推薦の言葉

「ヒデヒロフジタの新しいアルバムは素晴らしく理解力を持ったルネッサンスのポリフォニーだ。数々のトラックは多様でもあり、考えさせられ、そして多くの楽しみがある!聴くのにお金と時間を惜しまない程に卓越されたアルバムの一つと言えるであろう。」

オーブリー・フォード
シャーロット交響楽団首席テューバ奏者

4作目発表について、藤田録音の発足など

文章:藤田英大

このアルバムは、今までの演奏活動における録音経験を通じ、独学で録音編集技術を取得(勿論、プロのやり方を目で盗む事や彼等との会話は重要な勉強でした。)、それらの技術は自分の録音は勿論、シンガポール国立大学の音大生のオーディションの手伝い等で支持されはじめ、いよいよ「藤田録音」を立ち上げる事となり「自分の音が一番身近な勉強材料。勉強の為に録ろう!」としたのがプロジェクトの発端でした。

先輩でもあり親友でもある山岸和正氏は自身がテューバ奏者の傍、私の演奏技術を100%知り尽くす数少ない人間であり、編曲や創作において彼の才能は3作目の「TUBA POLYPHONICS」でおなじみの方も少なくないでしょう。そんな彼とはその後「YAMAGISHI EDITIONシリーズ」としてASKS Windsさんより僕の山岸氏へのコミッションした作品を全作出版させていただいていたり、個人的に日本に帰った時に釣りに行ったり酒を飲んだりしている仲間。実はこの「藤田録音」そもそもが山岸氏の物でもあり、「YAMAGISHI EDITIONSシリーズ」は私の物でもあるわけです(共同で活動しているという意味)。

3枚目のアルバムが大変好評で、この「TUBA POLYPHONICS」をシリーズ化しようという事もあり、次のネタを考えていた頃、NHKワールドプレミアムにて高校時代音楽史の授業で好きであったルネッサンス時代からバロック時代に活躍したスウェーリンク作「わが青春の日は既に過ぎ去り」が流れていて「これだ!」という事になったのです。しかし、我々はスウェーリンクで知っている作品はたったこれだけで、彼の生い立ちや作品を調べていくうちにドンドンと彼の作品の魅力に取り憑かれて行ったのです。

そして、もう一つのコンセプトとしてジョン・レノンが提唱していた「音楽はもっと身近な物でないといけない。まるで雑誌のように。」というのがあります。技術が進んだ今だからこそ出来る事を是非ともしたいという事もアルバム作成の原動力となりました。特にテューバ奏者は一枚のアルバムを出すのに「一枚に一生をかけ、一生のうちに一枚のアルバム」となっている人は少なくありません。勿論、通常は録音や出版には大金が動きますが、今回のプロジェクトには実はそんなにお金をかけていないのであります。これが成功失敗を抜きに考えても「あ、自分にもこんな事が出来るかも!」という人が現ればそれが私達の本望なのです。また、CDですと物品を日本国内や手売り以外に世界中に流通させる為のハードルが高いというのもオンライン販売のみというやり方に踏み切った経緯でもあります。

録音は自宅でやり、Mac+プロツールで録音。そしてデジタルアウトでWindowsに繋ぎ、Windowsはスカイプで東京にいる山岸氏に繋げ、リアルタイムで録音を聴いてもらう。録音が終わったらミックス作業をやってDropbox等を使い、即座に山岸氏に送るという作業の繰り返し。このやり方はとても良く、音楽表現やリズムや音程の指摘については申し分のない程のクオリティで進める事が出来ました。

そして2曲だけですが、伴奏には自宅にあるヤマハのCP5という木の鍵盤を搭載したサンプリング系のデジタルピアノでチェンバロの音源を使い、伴奏者にきていただき収録。

本来、これらのやり方はタブー視されていたのではないでしょうか。クラシック音楽は勿論、リアリティを求める音楽をこのような環境で演奏するのに抵抗を覚える人は少なくない事でしょう。しかし、聴いてみてください。私は新たな革命が起きた事を自負しております。

これから藤田録音とYAMAGISHI EDITIONSシリーズは進化し続ける事でしょう。 是非聴いていただきたい1枚です。

「TUBA POLYPHONICS II」

今回のアルバムはシンガポール交響楽団首席テューバ奏者、藤田英大の4番目のアルバムとなる。「TUBA POLYPHONICS II」と題されたこのアルバムは3番目のアルバム同様、複数の声部から成るテューバアンサンブルを全て藤田氏の演奏によりマルチトラック録音(多重録音)したものである。

前回と大きく違う点は前回はオリジナル楽曲を含むバロック音楽を中心としたテューバアンサンブルだったが、今回は更に古い時代の作曲家スウェーリンク(1562-1621)だけに焦点をあてたアルバムとなっているところだ。

スウェーリンクはオランダ生まれのルネサンス時代からバロック時代にかけての変遷期にあたる作曲家で、現在の西洋音楽の礎を築き上げた作曲家の一人でもある。スウェーリンクの作品を、その時代より遥か未来に誕生したテューバで演奏し現在の技術を駆使して録音することによって、今後の音楽の在り方を考察してみようというのが今回の狙いだ。

不思議なことに楽器が発達しているはずの現在ですら、テューバだけでこの様な古楽をアンサンブルとして演奏することは音域的にも技術的にも非常に困難である。というのも、19世紀半ば歴史上音楽が円熟しようとする最中に突如として誕生したテューバという楽器は、より新しい奏法や表現が求められる傾向にあり、楽器もそれに合わせた発達を遂げたため、テューバ奏者にとって古楽に触れる機会が著しく少なく、いささか音楽の歴史から切り離された感があるのも一因であると考えられる。そこで、歴史を紐解き、どの様な経緯で現在の音楽に至るのか、また脈々と続く音楽史の流れの中でテューバという楽器がどの様な存在になるのかを考えることは重要であり、その上でスウェーリンクの音楽は非常に適した題材であると言える。

すぐには答えの出ない問題ではあるかも知れないが、このアルバムの存在が今後テューバの発展に少なからず影響を与えることを確信している。

このアルバムではテューバだけで古楽を演奏した場合どの様な楽器配置、バランス、音程感覚、音楽的表現が最適なのかを追求している。今回の録音で興味深いのが、収録は全て藤田氏の拠点であるシンガポールの自宅、しかもスタジオに改造したベッドルームで行われたことだ。そして録音の様子はスカイプを通じて遠く離れた日本でリアルタイムに音のチェックをしつつ進められた。また、今回登場するチェンバロの音は本物ではなくサンプリングキーボードを使用している。更に、実在する教会の響きを再現するなど、まさに「仮想空間」での録音と言っても良いだろう。この様に現代の技術を駆使することによって優れたレプリカサウンドが実現したのである。今日では技術の発達により、音楽の在り方や楽しみ方も目まぐるしい勢いで変化している。そう言った意味でも、このアルバムが一つの方向性を導く手がかりになることを願っている。「仮想空間」での録音ということにはなるが、演奏そのものは藤田氏による紛れもない実演であり、その達者な演奏は聴く者を魅了することだろう。(コメント:山岸和正)

「TUBA POLYPHONICS II」収録曲解説

作曲:ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(1562-1621)
編曲:山岸和正
テューバ:藤田英大
チェンバロ(サンプリングキーボードによる):Low Shao Suan

1. 御子がわれらに生まれたもう SwWV315
解説を読まずにこのアルバムを聴き始めた方はきっと驚かれたことだろう。この曲は本来オルガンのためのコラール変奏曲で、冒頭にはテーマとなる聖歌が示されている。この聖歌は旧約聖書イザヤ書第9章6節に由来し、救世主の誕生を預言した内容である。この一節を歌詞にした楽曲は世界でも数多く存在し、主にクリスマスキャロルとして歌われることが多い。同じ一節を含んだ有名な楽曲としてヘンデルの「メサイア」などが挙げられるが、旋律と言語は異なる。特筆すべきはやはり冒頭の聖歌であろう。聖歌斉唱は藤田氏本人が歌っており、18トラックの多重録音で構成されている。ヨーロッパの教会ミサで見られる様な「コの字」型に左、奥、右に6人ずつ聖歌隊を配置したサウンドを再現している。あたかも架空のフジタ聖歌隊がそこに存在しているかのようなインパクトだ。また、18人がそれぞれの想いで歌っているかのように表現し、できるだけ同一人物が歌っていることが分からない工夫もされている。これはイギリスのロックバンド、クイーンのボヘミアンラプソディの冒頭部分からヒントを得た藤田氏本人の発案によるものである。通常では、オルガンなど楽器で演奏するときはテーマを省略する場合が多い。曲は2?3声部で構成され、4つの変奏から成る。シンプルな構造だが、スウェーリンクは少ない声部を非常に効果的に使っている。このアルバムでは変奏部から3本のテューバによるトリオで演奏される。変奏が進むにつれ、徐々に超絶的な動きに変化していく。

2. エオリア旋法によるエコー・ファンタジア SwWV275
スウェーリンクはオルガン奏者として即興演奏に優れた人物であり、鍵盤楽器のための楽曲が70作品以上残っている。その中にファンタジア(幻想曲)と記された楽曲が数十曲あり、そのうちの6曲については同じ旋律がこだまのように繰り返される作曲の技法が用いられていることから特別にエコー・ファンタジアと呼ばれている。エコーの手法は16世紀のマドリガル(イタリアで発達した多声声楽曲)において重要な様式であり、同年代の作曲家G.ガブリエリや弟子のS.シャイトなども多用している。鍵盤楽器の分野ではスウェーリンクのエコー・ファンタジアがその礎になったと言っても良いだろう。このアルバムではチェンバロ伴奏によるテューバソロとして仕立てているが、必ずしも伴奏とソロがエコーの関係になっているとは限らない。果たして何が対になってエコーになっているのかを是非とも聴き分けていただきたい。

3. 喜び栄えよ、すべての人よ SwWV182
スウェーリンクは当時プロテスタントが主流だったオランダにおいて数少ないカトリック教徒であり、5声のアカペラによる教会典礼聖歌作品集「カンツィオーネス・サクレ集」を残している。この曲はそのうちの第32番目の作品にあたる。歌詞は旧約聖書詩編第99章に由来しており「聖なる主」を讃える内容だ。 5声部それぞれが複雑に絡み合うがハーモニーが一音一音緻密に計算されつくされており、まるで音が降り注いでくるかの様な美しい統率感を感じさせる。このアルバムではテューバ5本によるアンサンブルとなっている。

4. ドリア旋法によるエコー・ファンタジア SwWV261
本アルバム2曲目と同じくオルガンのための6つのエコー・ファンタジアのうちの一つ。こちらは5本のテューバアンサンブルという編成になっており、2曲目とはまた違った印象を与えることだろう。上2声部がエコーの関係を保つ構成の編曲になっているが、テューバで演奏するとなるといずれも超絶的な技能が必要となる。藤田氏の華麗な超絶演奏も聴きどころである。

5. この日キリストは生まれたまえり SwWV163
本アルバム3曲目と同じく、「カンツィオーネス・サクレ集」の中に含まれるもので、この曲は第13番目にあたる。歌詞はキリスト誕生を祝うラテン語聖歌となっており、クリスマス聖歌として非常にポピュラーな存在だ。通常はクリスマスのミサに使われるものではなく、その前後の非公式な典礼で歌われる。このアルバムでは5本のテューバアンサンブルとなっている。楽器だけの演奏でも喜びに満ちた内容であるのがお分かりいただけると思う。

6. 愚かなサイモン SwWV323
この曲は様式に縛られない、いわゆる「世俗曲」にあたるもの。スウェーリンクの真作ではないとの疑いもある。元の歌はイギリスから伝わったとの説が有力。イギリスでは現在でも「Silly Simon」というキャラクターが存在し、「お人好し、騙されやすい人」という意味で歌や遊びなどで親しまれている。短いながらも主題と変奏の形態をとっており、エコーの手法も見られる。本アルバムではチェンバロ伴奏によるテューバとの二重奏での演奏。ミュートを使用したかけ合いで「Sillyさ」を表現している。音色の変化にも注目したい。

7. わが青春の日は既に過ぎ去り SwWV324
スウェーリンクの中でも最も有名な楽曲の一つ。本来鍵盤楽器のための楽曲だが後に様々な楽器のために編曲され、多くの人々に親しまれている。曲は第一変奏がテーマの提示を兼ねた6つの変奏曲で構成されている。スウェーリンク自身はほとんどオランダ国外に出たことはなく、テーマとなる旋律はスウェーリンクの弟子の故郷であるドイツの民謡が引用されていると言われている。 4声が様々な形で対位法的に動き紡がれてゆく。この作品に限らずスウェーリンクの作品の多くはフーガを彷佛とさせる対位法的手法によって複雑に各声部が絡み合う構造になっているが、後にこの対位法的手法はJ.S.バッハによって確立されることとなる。本アルバムでこの曲はテューバ4本によるカルテットとなっている。もちろん、テューバで演奏するには非常に高度な技能が必要となる。これがテューバだけで演奏されていることを考えると今後のテューバのめざましい進化を予感させられる。

最後に、アルバム制作にあたり多くの知識を御教授いただいたオルガニスト・東京純心大学教授である鏑木(米沢)陽子先生に感謝を捧げたいと思います。ありがとうございました。

(解説:山岸和正)

なお、これらの収録曲の楽譜はASKS WindsよりYAMAGISHI EDITIONSシリーズとして2015年12月から順次発売予定。(楽譜ではユーフォニアム・テューバアンサンブル編成として発売)詳しくはASKS Windsのウェブサイト、またはYAMAGISHI EDITIONSシリーズの販売フォームをご覧下さい。

ASKS Winds ウェブサイト
YAMAGISHI EDITIONSシリーズ販売フォーム


3rd Album

TUBA POLYPHONICS - Grace - Hidehiro Fujita's Tuba World Vol.3


2nd Album

TUBA FREAK Hidehiro Fujita's Tuba World Vol.2


1st Album

TUBA BUFFO Hidehiro Fujita's Tuba World Vol.1